京都大学大学院理学研究科・教授 松田 祐司

 
 

水(液体)を冷やすと氷(固体)になるのは、当たり前すぎて誰も不思議には思わない。19世紀までは、液体を冷却しても、最後は固まって凍りつくだけで何も起こらないと考えられていた。20世紀になってヘリウムの液化に成功し、人類は宇宙のどこにも存在しない極低温を地球上で人工的につくり出すことができるようになった。その後の研究で、量子力学的な揺らぎの効果により絶対零度(−273℃、これよりも低い温度は存在しない)でも凍りつかず、液体のままとどまる物質が存在することがわかってきた。さらに絶対零度近くで物質中を電気が永久に(宇宙の年齢よりも長い時間)流れ続けたり、金属が空中に浮いたり、液体ヘリウムが容器の壁を這い上がってくるなど信じられない奇妙な現象が次々と発見された。これらの現象は、電子やヘリウム原子が、ボース・アインシュタイン凝縮と呼ばれる相転移を起こすことによって起こる。最近では、アルカリ原子などをレーザーを使って冷却することによっても実現されている。量子力学では、粒子は波の性質を持つ。ボース・アインシュタイン凝縮した状態では、マクロな数の粒子が同じエネルギー状態に落ち込み、系全体が一つの波のように振る舞う。このような凝縮が起こることを、初めて予測したのはアインシュタインであるが、本人は数学的には正しいが、現実には起こらないだろうと考えていたようである。

 

さて超伝導は、2つの粒子(電子)が対を組み、ボース・アインシュタイン凝縮を起こすことによって起こる。超伝導は、現存する元素の半分以上で起こる現象であり、ほとんどの物質では、結晶格子を組む正イオンの振動による分極により、電子対形成が起こる。しかし最近では、高温超伝導体などの従来のものとは対形成のメカニズムの異なる風変わりな超伝導体が次々と発見されており、超伝導研究は大きな展開を迎えている。2つの粒子が対を組んでボース・アインシュタイン凝縮を起こす現象は、超伝導に限ったことではない。実際このような現象は、中性子星から冷却原子にいたるまで、10億度の超高温から絶対零度まで10億分の1度の超低温までの、実に20桁にわたる温度範囲にわたって実現される、普遍的な物理現象である。

 

超伝導現象の面白さは、一言で言うと「一個一個の電子の性質が完全に解っても、それが集団になると我々の想像を超えた現象が現れる」ことではないだろうか。つまり、単純かつ個性のない粒子が集団になると、超個性的な振る舞いをするということである。このようなことは、しばしば``more is different"と言われ、自然現象の階層性を表している。例えば、超伝導の起こる長さのスケールは、10-100ナノメーター程度であり、これはバクテリアの大きさと同じくらいである。しかしながら、バクテリアの構成原子が理解できても、超伝導と同じ長さのスケールで起こる生命現象は、理解することが出来ないのである。講演では、物理学の中で最も劇的な現象の一つである超伝導現象の面白さだけでなく、超伝導を利用した強力な磁石や、将来実現するかもしれない量子コンピュータの素子などの話題も取り上げた。